フォトウェディングの衣装決めの日⑧
やつは、国産高級車の運転席でシートを倒し、脚をハンドルに乗せ、腕を組み、めをつむっていた。
私は、「私が、実家に帰ります。私が出たら入って下さい。」と言って、同居を始めて二ヶ月もたたない新居に戻り、すぐに着替えて、取り敢えず携帯の充電器など思いつくものをカバンに入れた。時刻はもう午後11時なので、電車がなくなると帰れなくなる。駅まで徒歩25分。
カバンを持ち、出ようとした時、やつが玄関から入ってきた。
私は、「あ、ちょっと待ってね。すぐに出るから。」と、すごく冷静にキレイな言葉遣いで、それはまるでお客様対応のように話して、玄関で立ちすくんでいるやつを「失礼します。」のような感じで交わして、玄関から出た。
毎日、アプリのチラシで安いものを探し、田舎の農道のような坂道を下り、やつの異常な食欲と胃袋を満たすために駅近くのスーパーをはしごして買い物した道だ。帰りは坂道を登るのでクタクタになった。やつは浴びるように牛乳を飲んだので毎日2リットルを買い、重みで買い物バッグが腕に食い込んだことなどを思い出した。
「もう帰らない。」そう決めて父親に電話をした。
「お父さん、真っ暗な農道の坂道は怖いからこのまま話して欲しいの。」
父親は、「よく、出てきたよ。待ってるから、気をつけて帰っておいで。」と、言った。
口からでるたわいもない話をしながら、駅に向かった。ただただ暗くて怖かった。
駅に近付くと、酔っぱらいが楽しそうにフラフラしながらあちこちのグループで解散の前の少しのおしゃべり時間を過ごしていた。
私は、電車に乗った。実家に帰ったのだから乗ったのだか、この時の記憶はあいまいだ。
私は、結婚相談所で紹介された多額の借金と、自己愛性パーソナリティ障害とうつ病のある男にだまされたのだ。
そして、離婚への話し合いの地獄が待っていた。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。